完成するのかしないのか…。本人でもわからない模型制作記。
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自由型で気分転換 〜過去の制作記録から〜(2)

自由型で気分転換 〜過去の制作記録から〜(1)の続き


 今回はどこまで短期間で仕上げるか、自分への挑戦。

 実質制作2日目はサフ吹きから。
 下地塗装は大切なプロセスですが地味な作業なので好きになれません。だけど今回は車体が小さいせいか早々に終了。なので可能な限り先に進めます。

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 切り継ぎ部分に多少甘いところがあったけど、時間短縮のため正面の警戒色の黄色を塗装。

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 車体中央部も一応サフ吹き。これはこのままでも良さそうです。

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 動力組み込みの1032はクリームを塗装してマスキング。いいペースです。失敗しない事を祈りつつ…。

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 お披露目の時に華を添えようとデキも追加してみたりして (^^)v
 手が付けらなくてほったらかしの鉄コレ第1弾も、今更ながらやっと片付きそうな予感。


 走らせるための1両、そして彩りの1両が加わり、最終的に3両に増殖となりましたが、実車が無いお気楽制作もあって実質3日で形にできました。

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 今回のメインは電動貨車。銀サッシにするつもりでいたけど、乗務員扉が旧型だったのでご覧のとおりです。
 車体色は自由型という事で一度試してみたかった西武ラズベリーです。

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 側面はこんな感じ。夜中に徘徊する電動貨車は馴染みが無いので、もうほとんど想像の世界。あれこれ突っ込まないでくだされ…。

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 急遽加えたデキは今回のベースとなった鉄コレ第1弾のひとつの名鉄デキ。塗装終了後、後付け部品のトラス棒がつかなくてアタフタ…。
 取付は諦め、ラズベリー色が重量感を損なうので、誤摩化しも兼ねて裾部を黒で引き締めてみました。また元の足廻りの貧弱さから軸間が大きい台車に変えた代わりに動力化ができなくなってしまいました。

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 そこでフリー1032の登場。こいつに12m動力を組込み編成として走行可能とします。

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 本当はこんな編成を目論んでいましたが、動力が組めないので…。

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 フリー1032を組成した旅客外のフル編成でのお披露目となると思います。
 前もって言っておきますが廃車回送では断じてありません (^_^)/~


〜以上mixi 2009年9月の記事からでした〜

 実質3日間。時間的な余裕があってこその制作です。それ以上に遊ぶ事が楽しくてのめり込む事ができたのでしょう。
 自由型という制約が無いだけに簡単なのかもしれなが、反面それ故に必要以上に自分自身が制約を課してしまう事もあります。遊び心や心身的な余裕が融合してからこそできるジャンルなのかもしれません。

 今回は(1)で申したとおり「こんな事もありました」的なmixiでの過去の制作記事です。4年も前の自由型の制作記事はいかがなものかと考えましたが、個人的な制作記録として残す事が目的なのでご了承いただければと思います。
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# by tank2pc | 2013-08-30 23:33 | フリー

自由型で気分転換 〜過去の制作記録から〜(1)

 もう4年も前の事ですが、mixiでお仲間のお題「自由型」を楽しんだ事がありました。弊ブログでは名鉄をメインとした制作中心の性質上、このような自由型は範疇外と控えていたのですが、mixiでの発信がほとんど無い現状でこのままお蔵入りするのもどうかと「こんな事もありました」的にmixiから移植しました。これまでの個人的な制作記録として残す事がメインなので興味の無い方はスルーしてくだされ。
 短期間制作の気分転換。お気軽な自由型の制作過程です。



〜以下mixi 2009年9月の記事から〜

 今日は写真を撮りながらの模型制作。自由型のせいか余裕がありました。こだわりも無いしね。

 使用するのは鉄コレ第1弾フリー1032。自由型のベースは自由型という安易な発想…。
短期間工作にしたいので一気に進めます。

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 張り上げ屋根にしたいのでシル・ヘッダー・雨樋を削ったけどあまりイメージは変わらなかったみたい…

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 次は床板です。15m車用を加工します。ウエイトは釣り用の板おもり。好みのサイズにできるので便利です。

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 床板の表現はエバーグリーンの筋彫りが入ったプラ板です。

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 同様にサイド部分。

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 そして1032分断!

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 仮組しました。電動貨車に見えますよね?

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 こちらは牽引用に動力を組み込む1032。ラッキーな事にすでにドア取り替え済み。このままでも良さそうです。

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 この後は塗装準備となります。何色にしよう…これが自由型の悩みどころ…。
日がな一日、お気楽模型制作でした。

自由型で気分転換 〜過去の制作記録から〜(2)へ続く
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# by tank2pc | 2013-08-30 22:50 | フリー

名鉄初の4扉 100系

 名鉄6000系は本格的な通勤車として登場しましたが、ロングシートを望むラッシュの現場の声が100%届いた訳ではありませんでした。クロスシート指向の名鉄が出した答えは小型とはいえ扉間にはクロスシートが配置され、そのシート配置が話題となり通勤車として初めてブルーリボン賞にまで輝くのです。

 ブルーリボン賞といえば、お隣の近鉄ビスタカーⅡが受賞して名鉄経営陣を刺激します。ブルーリボン賞受賞が絶対命令のなかで7000系はその責任を果たすのですが、その4年後に準急用キハ8000系、10年後に通勤車6000系も受賞してしまうのです。それは7000系を生み出すまでの試行錯誤がその後の魅力的な車両製造に活かされたという事なのでしょう。

 閑話休題。しかしラッシュは深刻です。東急3700系の結果を踏まえた上で、クロスシートを捨てきれない名鉄の苦肉の策がセミクロス6000系であったのですが、オールロングシート車自体はその後いとも簡単に登場するのです。路線限定でありますが。

 それは6000系登場のたった2年後の昭和53年。翌年に開業を控えた豊田新線用の100系です。相互乗り入れの名古屋市交通局との協定で、さすがの名鉄もクロスシートという訳にはいきません。国鉄や関東私鉄で見られる20m4扉ロングシートという標準的なスタイルです。3桁の形式にも路線限定という事が伺えます。
 しかし、名鉄はそこでオリジナリティを発揮します。扉間1枚の大型固定窓に横引きカーテンと床は中央の色を分け、サロン調の室内空間は他社の通勤車とは一線を画す存在でした。
 100系の性能は従来通りの抵抗制御。名古屋市交3000系は電機子チョッパなので、この辺りの事情は営団千代田線と国鉄の関係に似ているような気がしますが、その分中味で勝負というところが名鉄らしいですね。
 技術的な目新しさはなかったけど独自性が人気を集めたようで、ブルーリボン賞にこそ届かなかったけれどローレル賞受賞と、この時代の名鉄の個性はひと際輝いていたのです。

 さて、登場時は豊田線開通まで三河線で暫定運用に入っていましたが、これが本線系統にも入っていたら、名鉄の通勤車事情はまた変わっていたのでしょうか。



 100系の仕様は6000系が基本ですが前面窓下にステンレス飾り帯を配したせいか温和な顔つきで人気は高かったような気がします。なのに名鉄車両がこれだけ模型化されているのに100系の話が出てこないのは不思議です。

 そんな私、かなり昔の事ですがこの100系の制作した事があります。ベースはGM小田急キットに名鉄5500系の正面を組み合わせるという、なんとも無茶苦茶な発想の元に形にしたのですが、当時の制作レベルではとても人様に見せられる代物ではありません。
 そこでリニューアルを試みます。(詳しくはコチラ
 正面の作り替え、ドアのHゴムを削り粗かった表面処理を再度行ない、実車の持つイメージに近づけます。床板も新規で作り直すのですが、手持ちのパーツの床板が足りなくて、どうせならと動力化して火災車両だった我が100系は生まれ変わります。そして完成を見る頃に人手に渡る事が決まりました。

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 ちょうど運転会があったので、そこが最初で最後のお披露目となりました。トラブルも無く走行試験も終了し、数日後旅立っていきました。
 まだまだ手元に置いておきたかったという気持ちはありました。しかし古い模型でもあり違う素材からもう一度という思いもあって踏ん切りをつける事にしたのです。ただ私の場合作ったそばから完成品が出るという悲劇が多過ぎて…。


 さて、この100系も登場時から35年になろうとしています。そろそろ後継車と思われていたここ数年も、意外にも初期車のVVVF化改造で現役続行となりました。豊田線は当面この100系・200系が活躍を続ける事になりそうです。
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# by tank2pc | 2013-08-27 21:49 | 模型と実車

赤い電車

 名鉄も今でこそ白ベースの特急専用車やステンレス車も増えました。それでも「赤い電車=名鉄」と言うくらい赤色がシンボルカラーとして定着していますが、昭和40年代は色々な車体カラーを楽しめる年代でありました。

 ダークグリーン(3400系を除く)を基本色としていた中で、昭和25年登場の3850系(当時のロマンス車)で採用したピンクとチョコの塗り分けを以降の車両に採用する事になりますが、昭和36年には7000系がスカーレット1色で登場します。これはパノラマカーという特殊な車両であることからも当時は別格の扱いと認識してもいいと思います。

 しかし昭和40年代に入ると車体カラーに迷いが生じます。それは別格であるべきパノラマカーが本格的に増備を続け、車体更新車にも同等に近いサービスを提供するべく昭和41年に3780系が登場した事です。車体更新車とはいえちょっとデラックスな新車のイメージにライトパープルというパステルカラーが好評だったのですが、何を勘違いしたのかピンクとチョコの車両もこのライトパープル塗装に塗り替える事になるのです。
 デザイン的にライトパープルを纏うことを前提とした3780系が似合うのは当然としても、従来の車両にパステルカラーが合う訳がありません。ライトパープル塗装は短期間であっと言う間に新カラーのクリーム&赤帯に塗り替えられて消滅します。もしこのライトパープル塗装への変更が無ければ、3780系はもう少しライトパープルのままでいられたのかもしれませんね。

 ピンク&チョコ塗装で残っている車両もあり、昭和41年から2年くらい名鉄には5つのカラーの電車が入り交じり、そして走り回っていたのです。残念ながら私は就学前でもあり名鉄に乗ったという記憶さえありません。この時代を堪能できた名鉄ファンの先輩方がうらやましく思えます。

 さてこの時点で塗装による区分けは、ロングシートAL車=ダークグリーン、クロスシート車・HL車=クリームに赤帯、パノラマカー=赤と、分かりやすく落ち着くと思いきや5000番台のSR車がスカーレット塗装に変更となります。パノラマカーとの差別化から白帯を巻いての登場です。そして次第に白帯も細くなり最終的にスカーレット1色で登場します。
 ちょうどこの昭和45〜46年が私が名鉄に接し、そしてその魅力に嵌っていくのです。自分で分かる範囲では、塗装による区分けはロングシートAL車=ダークグリーン、クロスシートAL車・HL車=クリームに赤帯、SR車=赤となります。これが私の根底にある名鉄電車の基本なのです。

 しかし昭和も50年代に入ろうとする前にとんでもない事が始まります。私がその悪夢を見たのは多分51年頃だったと思うのですが、パノラマカー乗車中に先方からやってくるAL車が真っ赤っか…。この時はいったい何が起こったのか判然とせず、今何が起こったの?ここは何処?状態でしたが、よくよく考えてみれば東急3700系が赤1色で入線しているのですから、名鉄の塗装変更が始るのかもしれないという予感はあるにはあったのです…。

 案の定、数ヶ月後に名鉄を訪れると赤い旧型車が増殖しています。ちょっとショックでした。はっきり言って似合いません。年増の厚化粧なんて揶揄されもしました。特に酷く感じたのは3400系でスカートまで真っ赤です。塗色統一はオイルショックによる合理化と言われていますが、もう少し何らかの手だてはなかったのでしょうか?
 しかし、それも時を経て6000系に始まるスマートな新車の導入が、他社に比べて大幅に遅れたけれど、新旧交代した事で「赤い電車=名鉄」を定着させていったのではないかと思います。


 私は関東人なので「赤い電車」と言えば京急となります。歴史的に京急に分がありますが、京急はあくまでも電鉄のシンボルであり、車両のデザインも白帯を巻くことで成り立ちます。
 名鉄の場合「赤い電車」はパノラマカーです。赤1色で成り立たせ、説得させるインパクトはこれの右に出る車両は皆無であると思います。実際当時の5000番台SR車は京急のように白帯を巻いた方が引き締まります。
 関東と中京、双方の赤い電車を好む私には「赤い電車」はパノラマカーで、京急は「赤い電車」の電鉄なのです。


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 模型ではどうでしょうか。やはりマスキングの手間を考えると赤一色が負担無く楽しむ事ができます。名鉄のスカーレット化の合理化が受け入れられないくせに、いざ自分が模型を作るとなると単色のありがたさを実感。あぁ合理化…。
 目立つ色でインパクトもあります。私の模型は否応無く赤い電車が増える傾向にあるのです…。


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 ライトパープルの再現は実車を見た事が無いのでどう判断すればいいのか分かりません。できることは書籍のカラーを頼るしか手だてはありません。時代が時代だけに退色もあると思いますが、あえてそこから判断すると、ちょっと赤みがかかった水色…といったところでしょうか。逆に赤みが強いと藤色となってしまいイメージが湧きません。


 設計段階のパノラマカーの色はオリーブ色(グリーン)が第一候補だったそうです。この段階ではまだ参考となったイタリア国鉄ETR300のイメージや、戦前の名車3400系(グリーンのツートーン)を意識するような時代でもあったのです。そんな中で警戒色でもあるスカーレット(赤)を決定した当時の名鉄の英断は、パノラマカー亡き後の現在も脈々と生き続けているのです。

 イメージが完璧にできあがってしまっただけに、グリーンのパノラマカー、絶対ありえねェ〜!それだけ永年培われてきた歴史は簡単には崩せません。パノラマカーを払拭すべきニューアクセス・ミュースカイもブルーという名鉄では斬新なカラーを採用したけれど、車両のインパクトがありきたりだから後釜にはなれないのです。

 名鉄にはやはりなにかしらのパノラマカーの存在が必要な気がします。当然一般車のパノラマカーです。
 小田急を見てみればいい。パノラマカーとロマンスカーという立場の違いこそあれ、小田急ロマンスカーは常に魅力満載に進化し続けているのですから。
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# by tank2pc | 2013-08-17 00:49 | 模型と実車

名鉄を変えた東急車

 名鉄は昭和42年8月のダイヤ改正で急行を廃止しました。優等列車は特急と準急のみ。マイカーに対抗するために急行を特急に格上げした都市間連絡重視で、通過される駅の利用者にはたまったものではないダイヤ改悪だったのでした。

 しかし、単なる旅行者にとってはパノラマカーを筆頭に転換クロスを装備するデラックス車が頻繁に発着する光景はとても不思議なもので、そんな時代の体験がこの鉄道に惹かれていくきっかけとなったのは言うまでもありません。

 マイカー対策は結果的に質を重んじた2扉クロスシート車を増備し続けることになります。ところが、そんな事をしていられない状況がやってきます。第一次オイルショックによる鉄道にシフトした乗客増です。

 昭和49年9月のダイヤ改正で急行が復活します。本線では特急と急行が交互に発車する本来の姿に戻った訳ですが、個人的にはパノラマカーの特急に当たる確率が減るため大いに不満でしたが…。

 この時、名鉄として問題であったのは質にこだわるあまりにラッシュ対策が後回しとなった事でしょう。たとえ急行が復活しようが普通を増発しようが両数を増やそうが2扉クロスシート車ばかりでは根本的な解決には結びつきません。

 本格的な通勤車の導入が必要であるのにそれの実現には至らない中、東急3700系売却の話が持ち上がり、通勤車のノウハウを持たない名鉄は導入を検討をすることになります。昭和49年3月の事です。
 ちょっと裏話ですが、東急側は途中3700系を5000系に切り替えたということです。しかし直角カルダンを嫌う名鉄側は3800系と同じ運輸省規格型である3700系にこだわったのです。これがもし東急5000系となっていればまた今の名鉄は少し違っていたのかもしれません。個人的には馴染み深い5000系の方がよかったかなァ〜。

 そして昭和50年に東急3700系は名鉄3880系として転入してきますが、東急時代に界磁接触器が撤去されその復元も難しく、弱め界磁が無いという事はAL車との共通運用は成らず、独立した運用を組むしかなく当初の思惑通りにはいかなかったようです。

 しかし高速域こそ無理はあったがその加速性能や素性の良さを遺憾なく発揮し、旧型車とはいえ生粋の通勤車3扉ロングシートは最混雑列車に投入しても遅れを出さなかったのです。そしてこの結果がラッシュ対策に悩む名鉄にいよいよ通勤車導入にゴーサインを出すのです。

 3880系を導入した昭和50年に最後のあがきで7000系第9次車をもって7000系の増備は終了。翌51年末、遂に名鉄初の3扉通勤車6000系が登場するのです。性能こそ抵抗制御ですが小型のクロスシートを装備したのは名鉄の意地だったのかもしれません。それが評価されたのか新時代の通勤車としてブルーリボン賞をとったのもまた異例の出来事でした。

 名鉄のラッシュ事情はたかが旧型の3扉通勤車によって180度転換します。それほど両隣の都市とは比べられない事情があります。昼間帯はマイカーに対抗するためにデラックスな車両と転換クロスは必須であり、反面ラッシュ時の混雑は増すばかり。その両立に行き詰まっていた頃で、東急3700系の影響は計り知れないものだったのです。そういえば登場時の6000系のドア窓は小型ですね。こんなところにも影響があったのでしょうか?



 東急3000系キットはGM初期のプラキットで、Nゲージ制作のきっかけとなるアイテムでした。プラモデルを組んだ事があれば難しいものではありません。私も気軽に名鉄3880系タイプが作れるからすぐ飛びついたキットです。

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 とは言っても制作を続けていればそれだけでは気が済まなくなってきます。随分前に名鉄3880系として作り直してみたものの結局満足行かず、今は手元にありません。

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 名古屋に行った東急車。名鉄に影響を及ぼした東急車。名鉄線上での乗車機会はありませんでした。あえて乗りたいとも思わなかったからです。まだまだ吊り掛け車はたくさんあった時代ですから。
 だけど3880系とすれ違うとすぐ分かります。東急時代にはありえなかった高速運転を強いられていたため悲鳴にも似た走行音でした。限界いっぱいの全界磁運転は確実に寿命を縮ませていたのです。弱め界磁さえあればまた違った展開があったはずです。

 そんな電車だからあっと言う間に名鉄を去ったのですが、地味ながらその存在価値はとてつもなく大きいのです。いつしか三度目をという目論みもあります。名鉄ファンとして敬意を表して。
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# by tank2pc | 2013-07-23 21:21 | 模型と実車

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